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2017年1月1日 「革故鼎新(かくこていしん)」

2017年1月1日「革故鼎新(かくこていしん)」

【聖 書】エゼキエル書36章26節 (2017年ローズンゲンの御言葉)
【説 教】齋藤 朗子 牧師

【説教要約】
今日のみ言葉は、神に離反したイスラエル人に対する神の言葉です。イスラエル人は、大国との戦争に負け、自分たちの土地(国)を失いました。敗戦しボロボロになったスラエル人は、近隣諸国から「お前たちの神は全能・無敵の神ではないか。イスラエルは神に選ばれた特別な民ではないか。それなのに、お前たちの無様は一体なんだ」と侮辱されました。

この侮辱の言葉に、神は怒りを示されました。神はイスラエル民族の罪の重さゆえに、戦に負けるがままにしましたが、しかし、ご自分の聖なる御名が侮辱されることも、ご自分の愛する民が神を信じない人々から侮辱されることもお赦しになりませんでした。

それゆえ神は、ご自身の聖名をご自分のために回復すること、そして、イスラエルがもはや侮辱を受けることがないように、イスラエルを豊かな国へと回復させることを約束されました。のみならず、神によって一新され回復したイスラエルを見て、人々が主なる神の聖名をあがめるようになると言われました。

革故鼎新。古きを改め新しきをかなえるという意味です。キリスト者とは、キリストの血潮と洗礼で清められ、新しい自分とされた者であり、聖霊の導きによって「日々新たに」されるはずの者です。しかし、時に私たちは、自分の中にある己の弱さや罪深さを見ては「自分は一生このように罪深い、情けない人間のままなのか」と落胆することがあるかもしれません。

しかし、たとえそう思えたとしても心配は無用です。なぜならば、このように罪深く、情けない「わたし」を変えるのは神なのです。「わたし」ではなく神が新たにしてくださり、新しくされた「わたし」を神の聖名の栄光のために用いるとみ言葉は約束してくれています。「わたし」が変わるということは、「わたし」の努力ではなく神の恵みによるのです。なんと心強いことでしょうか。私たちを日々新たにしてくださる、父・子・聖霊なる神の聖名がほめたたえられますように。

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